2章 TOP



1章 時の歯車、動き始める 
「清海、早くしないとあんた遅れるわよ」 うー、せめて後五分。お母さん、あともうちょっと、布団の中にいさせて。 『……みー! あんた今……てるのーっ!?』 窓の下から私をよんでいる声がする。この声は……鈴実だ。なに言ってるのかはよく聞こえないけど。 「んー」 でも、起きなきゃ。鈴実がうちの前まで来てるってことはもう登校時間……昨日、ゲームしすぎたかなぁ。 まどろみの中から抜けて、まぶたをうっすら開けた。いつもより重いなぁ、なんだか。 ベットの布団からのろのろと起き上がれた時にタイミングよくお母さんが部屋に入ってきた。 「起きなさい! 全くもう、中学生にもなって。鈴実ちゃん、家の前に来てるわよ」 それは鈴実の声を聞けばわかるよー。でも、お母さんの声に体は素直に反応してぼやけて見えた視界がすっきりした。 「お母さん……起きてるよー、起きたってば」 「おはよう。ほら、朝ご飯を持ってきてあげたから。先に服を着替えなさい」 扉は大きな音を立てて私の部屋と廊下を仕切った。 お母さんは私だけに構ってばかりいられない。だからってさあ、あの豪快な閉めっぷりは嫌み?  私は制服に着替えてから、いっきにココアをに飲んでフレンチトーストを口に挟んだ。 今日の授業で使う教科書は……うん、昨日入れておいたからOK。準備万端!  カバンを持って部屋の外に飛び出した。ドアは閉め忘れたけど、後でお母さんが閉めてくれるよね。 『とっとっとっとっと』 階段を降りてる間にフレンチトーストはお腹に収まった。今日のフレンチトーストは掴んでもべたつく事がなかった。 手のかかった朝食を作ってくれたお母さんに行って来ますを言って私は家の外へ。 「やっと出てきた。この時間だと、急がないと遅刻するじゃない」 家の外では腕組みをした鈴実が呆れ顔で立っていた。良かった、まだ待っててくれた。 「ごめんねー、ちょっと昨日ゲームしすぎちゃって……あはは」 鈴実とはいつも一緒に学校に行こうという約束をしてるけど、私があんまりにも遅いと先に行っちゃうんだよね。 だからもしかしたらもう家の前にいないかもって思ってた。寝坊するのは相手に悪いことだから仕方ないけど。 でも言い訳させてもらうと、今日は2学期が始まったばかりでまだいつも生活のリズムに戻れてないんだもん。 つまり……つい、夏休みみたいに夜更かしとゲームのしすぎを。笑って謝った私に鈴実は首を振り。 「どうせそんな事だろうと思ったわ」 「ついついやっちゃうんだよね、あのゲーム」 「別にいいわ。あたしはゲームの話にはそう詳しくないから」 そんな感じで私と鈴実は少し急ぎながら登校してる間の僅かな時間を過ごしてく。 同じクラスだったら良かったのに。学校についたら別々にならなきゃいけないのが残念。 学校がそろそろ見えて来るくらいの距離になって、いきなり鈴実が歩きを止めた。 「清海、ちょっと止まって。あれは何かしら」 私は最初なにを言ってるのかわからなくて、鈴実の視線の先を探した。 なにも不自然なものは見えないけどなあ。別に工事中でもないし、いつもの店が立ち並んでる山座下通りだけど。 「あれって、どこに?」 止まったまま動かない鈴実が指を動かして私に示した。 その方向をじっと見つめていると私もおかしな物に気づいた。 運動会の大玉くらいはある変な色の物体が路上に転がっていた。 この時間帯は車も学生もあんまり通らないから、私達以外には今、通りにはだれもいない。 でも、スーパーボールのあの色々混ざったのよりぐちゃぐちゃで綺麗な色とは言い難い、芸術とも言えない違和感の塊が。 どうして私、すぐにそれに気づかなかったんだろう。ちらっと見ればすぐわかりそうなのに。 「……マジックカラー」 私がぽつりと洩らした呟きは、風に流されてすぐに消えた。 「え、清海。何か言った?」 あれ。私さっき、無意識のうちに変な言葉を呟いてたよ。どうしてだろ。 んー、でも呟いたところでなにも起こらないよね。しきりに気にするのも妙かな。 心に生まれた違和感を押し流そうと私は青い空を見上げて自分の目を疑うことになった。 えーっと、気のせいかな……なにか、普通じゃないものが増えたように見えるんですけど。 「清海、みて! 竜巻があれにぶつかるわ」 「見間違いじゃなかったあぁぁっ」 あ、思わず口から出てた。っとそれよりも。しっかり鈴実にも私にも見えてるってことは、本物?  けどアメリカじゃあるまいし竜巻とかハリケーンが、しかも都合よく小規模の奴なんて出来るわけないんじゃ。 私が目の前の光景を疑ってる間にどこからか現れた竜巻が変な物体とぶつかってその物体が潰れた。進行速度おそっ。 中にしっかり詰められていた物があったみたいに何かが飛び出してくる。 そしてそれは私と鈴実のいる所へと縦横無尽に飛び跳ねてきた。 「嘘っ!?」 「清海、前!」 鈴実が叫んだ時には私の正面に赤青黄のぐちゃぐちゃな色の物体が飛んできていた。 それを反射で避けれた私は、地面を見て背筋がぞくりとした。 「な……」 地面で確かに弾けた、色の物体はおぞましい動きで横に伸び、二つに分かれた。 数が増えた。そんな、あり得ないよこんなこと。えーい、でも取るべき手段は一つ。 「清海、全力疾走で学校まで逃げ込むわよ!」 「りょーかいっ」 私と鈴実は走りながら私達に襲いかかってくるものをスレスレで避けながら学校に向かった。 唯一つの助けはその異常な物体は弾けた後、分裂してまた襲いかかってくるのに少し時間がかかること。 学校に着くまでにどうにかなりそうにないけど、これどうすればいいの。 学校に遅れないことよりも、あのおかしな物を避けるのに必死で私と鈴実はいつの間にかいつもと違う道を使っていた。 時々後ろをふり返りながら、休憩なしで全力疾走中。ストーカーより怖い! とゆーか人外だよあれ。 どうしてあんなものが世の中にいるの。幽霊はいてもおかしくないけどあんなの、さすがにいないでしょ! 「どうしたら良いのよ。このままじゃ学校に遅れるかもしれない!」 鈴実の叫びに、私はあれに対して打つ手がないことを悟らされた。霊能力者でも対処できないなんて。 いや、ただ逃げ回ってるだけでそうなんじゃないかなって気もしてたけど。あの鈴実が一向に手を打たないくらいだもん。 あああ、これなら幽霊のほうが良かった。幽霊とかの類なら鈴実がすぐに決着つけるから全力で逃げなくていいのに。 「わっ。一気にたくさん襲い掛かって来るよ鈴実!」 私にたくさんの跳ねてる分裂した変な物体がぶつかる寸前。頭にまた言葉が浮かんで、咄嗟に今度は大きな声で言った。 この状況を打開できるなら、何でもするって思ってたから。 「風よ、色を破りしもの全て吹き飛ばせ!」 その瞬間は何が起こったかよくわからずにいた。 言い終わった時に風が変わって、もの凄い速さで私の周りで流れたのを感じた。 風が止んだ時には、変な物体は全て跡形もなく消えていた。 あるのはいつもの光景だけで、それまで私と鈴実に襲いかかってきていたのは何もなかったみたいに。 なんだったの、一体。 呆然としていると学校の予鈴が鳴り響いた。私と鈴実は慌ててまた全力で学校まで走らされる。 昼休み、私はお弁当を食べた後で屋上に行った。考え事には一番ここが向いているから。 それにここからしか見る事のできない海が遠くにあって落ち着くんだよね。海って遠いところから見るのが私は好き。 こうしてると、自分の中にある悩みとか困ったことがあったとしても安心できるんだ。少しだけ。 それで、どうしようってぼんやり考えてると鈴実が私を探しに来てくれて話したら問題が解決できてたりする。 『ギィ……』 屋上の出入り口のドアが音をたてながら開いた。 「やっぱり此処に居た。清海って何か考える事があると決まって昼休みに来るわよね」 「鈴実、私ね」 私の言葉の続きを鈴実が続けた。 「今朝のことでしょ。あたしもその事を考えてたのよ」 「で、それのことだけど」 「あの変なものは幽霊なんかじゃなかったわ。それはあたしが保証する」 「うん。幽霊にあんなタイプはないんでしょ?」 似たようなのはいるらしいけど……あれは、地面にぶつかって分裂してたから違う。 幽霊が分裂なんてするわけないし。そんなの出来るわけない。 「そうよ。そしてあれは清海が言った言葉で消えた」 「え、違うよ。風は吹いたけど」 「清海が放った言葉によって風が吹き荒れたんだから、そういうことになるのよ」 「そうかな……偶然ってこともあるんじゃ」 もしあの時いなくならなかったら、今ごろどうなってたのかな。あの後もあれに追われることは考えたくないけど。 「でも、無風に近かったのにあんなに強い風が折良く吹くかしら」 「それはそうなんだけど。どうしてだろうね」 「清海がいった言葉には色って言葉がはいってたんだけど、そこは不思議ね」 「え、なんでそう思うの」 「魔法使いが唱える呪文にそんな言葉は入ってないわ」 鈴実はファンタジーが好きだから詳しい。意外と好きなんだよね、そういうのを否定してそうに見えても。 「言われてみれば、そうかも」 私と鈴実は不意に何かの音を聞きつけて、空を見上げた。 なんだろう、なんだか嫌な予感するんですけど。もしかして今日って厄日? 「雲が落ちて、きて……ええぇぇぇ!?」 空から雲が落ちてきている。雲って気流に乗ってるんでしょ。なんで、と。そんな事はどうでもいいから!  雲は空にあるものでしょ。なんで落ちてくるの。 わけわかんないことが起きてて信じたくないけど現実に起きてるんだよこれ。 「どうしよう雲が落ちてきてるよ!」 「清海、雲は雨水になって落ちてくるんだから。ほら、落ち着いて」 『シャン』 あ。鈴実のもってる鈴の音。 これを聞くと、昔から私はどんなに慌てても不思議と心が落ち着く。 今回もそうだった。鈴実は私がパニクると、落ち着かせてくれる。 やっぱり、雲は迫ってきてる。まだかなり遠いけど、少しづつ高度を下げてきつつある。 でも大丈夫だよね、きっと。気のせいだよあれも。幻、まぼろし。マボロシ。 「清海が落ち着いてきたところで言わせてもらうけど。あの雲、普通じゃないわ」 「えーっ!?」 「もう。騒がないでよ」 そう言われてまたパニックになりかけた。 でも混乱しそうな頭に不思議な言葉がよぎる。もしかしたら、これでまた変化が起こるかもしれない。 「風神よ、空の色を破るものをあるべき空に戻せ!」 耳をつんざくような音が一度あった。それを境に、異常現象は巻き戻り始めた。 雲が空へと上昇していってる。少しづつ、雲が小さくなっていく。 た、助かった。私は汗を掻いた額をぬぐって息をついた。 だけど……これで確信した。鈴実が言ったとおりなんだ。 私の叫んだ言葉で風が吹いたよ。風は、私の頭によぎった言葉で変化しちゃうんだ。 なんだか大変なことになってる気がする。ロクなことにならないんじゃないかな。 「ぷっはぁ! 後五分も遅かったらやばかったな……助かった」 昼休みも後十分というくらいになって、屋上の片隅から声が聞き慣れない声が聞こえた。 誰か、いるの? 私たち以外には今日、誰も屋上に上がってきてないはずなんだけど。 「はーっ……そうだね、あ」 「だれなの、どこにいるの」 私と鈴実は同時に喋った。声は聞こえるのに、だれの姿も見あたらない。 「お前らの上にいるぞー」 「ちょっとレック。この子たち、ずっと探してた……」 「え、本当か。カシス」  私と鈴実は、真上を見上げた。そこには確かに何かが空中にいた。 「……!」 何か、天使っぽいのと悪魔っぽい飛行体がいた。しかもホビットとかドワーフよりも小さそうな。 空中には、レックと呼ばれた黒い翼を生やした小さな人間、しかもリカちゃん人形サイズの。 カシスと呼ばれた白い翼を生やした小さな人間、こっちも大きさはほとんど同じ。 「鈴実、これってもう信じるしかないの? 信じるしか」 「そうね。今起きてることが夢じゃないなら、そういうことよね」 「お母さん、私が七時になっても起きなかったら叩き起こしにくるよ」 「あたしが五時に起きて食事の支度しないと、お姉ちゃんは部活の時間に遅刻しちゃうわ」 さしもの鈴実も信じないわけにはいかなくなった。やっぱ夢の出来事で終わらない?  私、夜中の二時に寝たからもうとっくにお母さんに起こされてる時間だよ。 「よろしくなー、俺はレックでこいつはカシス。悪魔と天使だ」 もう今までの出来事は信じるしかないにしても……どうして天使と悪魔が仲良く一緒にいるの。 衝撃の事実ばっかりで、もう受け入れるしかないよ。信じる、もう信じるから誰かこの状況説明して。 鈴実ですら、もうこの状況が把握しきれてない。私なんてまたパニック起こしそう。 「いやーお前ら探してたんだよなー。そしたら妨害を受けちまって」 「もう少しで意識を失うとこだったよね」 でもとりあえず、じっとミニマムな二人を見てても、もう混乱は収まりつつある。 人間って混乱が極みに達すると冷静になっちゃうものなのかなあ。突き抜けてはいけないものを突き抜けたよーな。 「ねえ、あなた達はどうしてそんなに仲が良いの?」 鈴実が訊いた。うん、悪魔と天使っていったら対極の存在で、お互い邪魔ばかりしてるものでは。 「ああ、そりゃ今の魔王と神は仲が良いからな」 「対立してるなんて、それはもう昔話になっちゃってるよ」 へ、へえぇ。そうなんだ、そんなの実現するんだ。なんかもう私さ、魔王とか神とか言われても驚いてないよ。 『キーンコーンカーンコーン』 授業前の予鈴が響いた。あと五分で五時間目が始まるという合図。 日常の響きの前に、天使と悪魔がいる。どちらか一方が現れても驚きだけど仲良く登場した。 なんだかまあ、その非常識な衝撃の現実から目を逸らせずにいた。 「……清海、予鈴」 「あ、うん。戻らなきゃ」 なんだかもう、今日起きたことは現実の出来事で疑いようがないように思えた。 凝視しても霞みたいに消えることなく白黒の翼が青空で踊り続けてる。 「俺ら、待ってるからなー」 だからそう言われた時も私も鈴実も当たり前みたいに頷いてた。 空の突き抜けるような青さは普段どおり。 でも、非現実的すぎる存在がその空で舞う。 なにこれ手の込んだテーマパーク?
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作者メモ(ページレイアウト) 通常:1行空き 暗転:3行空き 場転:5行空き 次章前:7行空き 10行× なるべく、感嘆符を省略。 漢字の開き具合。 清海「なに、だれ、なんとなく、あのひとたち。そのとおり」 鈴実、カシス、レックも上に同じ。 ……というか、ワードさまに頼れば楽なのでは。